「仏足頂礼」『玉鏡』

 釈迦が成道して山を出で、父浄飯王に会見した時、王は仏足を頂いて礼拝したと記されて居るが、それは実際に親への孝行であつて、永年の修行によつて得た霊徳を父に贈与する最もよい方法であつたのである。元来霊気は四肢の指先に於て最も多く放射するものである。特に足の指先が一番多く霊を放射するのであるから、釈迦が足を父の額につけて、先づ一番に父に霊徳を頒たんとしたのである。満【足】したと云ひ、【足】らふと云ひ、円満具【足】と云ひ、皆足の字がつくのはこの理由から来るのである。

「仏足頂礼」『新月の光』下巻
(昭和五年九月二十三日秋分の日、壱岐から出発して対島灘を航行中)「王仁もな、皆さんがあんまをしてくれるというてしてくれるので疲れが直るが、それは手の指先から霊気が放射するからである。また足の指先からも霊気が放射するものじゃ。昔印度では釈尊の足から額に霊気を入れてもらったものじゃ。それを仏足頂礼というのじゃ」